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自由気ままでアホ丸出しのエッセイと稚拙な創作物(小説)を載せています。  時間の許す限りお付き合いください。
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ノロケだ、と言われることを覚悟して言います。

きっと仲間内から「てめぇふざけるな」と言われたり、下手すりゃ村八分にされてしまうかもしれない。

「はいはい、よかったね」と白々しく言われるかもしれない。

「勝手にやってろ」と見放されるかもしれない。

ねたみを買うかもしれないし、性格が悪いと罵られるかもしれない。

陰口を言われるかもしれない。

友達が減るかもしれない。

それでも――それでも僕は言います。

断固として言います。

全てのリスクを背負おうとも、そしてその結果何かを失うことになろうとも、それでも僕は言います。

言いたいんだ、どうしても。

この心の底から際限なくあふれ出てくる喜びを声に出して言いたい。

「言葉」という形のない「形」として残したい。

僕という存在、僕の心の中にいる存在、その存在全てが今の僕にとっては喜ばしく、また嬉しいんだ。

だから僕は言うよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今年は日焼け止めを買ったぜ!!」。

 


たまにはこういう文章も書きたくなったんですよ。

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僕は思うわけです。

人間が創り出したパソコンというものは人間と同じような複雑さを内面に秘めている存在なのだ、と。


ちょっと前から僕のパソコンの調子が悪くて、ちょっと前からやっているオンラインゲームができなくなって、ちょっと前から困っていたんですよ。

動きはカクカクだし、音は飛ぶし、不景気だしでパソコンを使えたものじゃない。その状態でDVDを再生してみたら大変な再生のされ方をしたよ。「最悪なコマ送り」みたいな感じだよね、感じとしては。

それでずっとパソコン内のウィルスをスキャンしたりしてこの1週間は過ぎ去った。

結果としては治ったような気がするんだけど、それに至る過程は本当に大変なものだった。

運悪くセキュリティソフトの有効期限切れと重なったので、更新とウィルススキャンの順序を考えたり何だりしなければいけなかった。

あまり小難しいことを言うつもりはないので、どこでどう苦労し、どこでどう改善し、どこでどういう方法をとったか、なんて書くつもりはない。

ただ伝えたいのは「大変だったんだ」ということだけ。

毎日のようにウィルスのスキャンをやっていたんだけど、それをやっている間に僕は「パソコンも人間と同じようなものだよな」と思っていた。


例えば、ウィルスによってパソコン内のどこに弊害が出たかを調べればそのウィルスを特定することができる。そして、そのウィルスを駆除するための行動に移すことができる。

人間も同じでしょう?

喉がイガイガする(ちなみに僕は喉がイガイガするという感じがよく分からないんだけど)。咳が出る。頭が痛い。鼻水が出る……。

となれば風邪のウィルス、もしくは今話題のインフルエンザウィルスによる弊害だとわかり、病院に行けば薬が処方されるし、自宅だったら風邪薬でも飲むだろう。

そこに何の違いがあるだろう?

更に言えば、人間の病気って一般人にはどこが悪いのか分からないことが多い。

例えば「お腹が痛いなぁ」と思った時、どこの不調が原因でお腹が痛むのか分かるだろうか?

それが専門家だったら「腸のどこかの機能が落ちているかな」とか何とか分かるだろうけれど、一般人にはまったく分からない。ただ単に「お腹が痛い」としか分からない。

パソコンのウィルスによる不調だって、一般人からしたらただ単に「遅い」とか「重い」とかそういう「調子が悪い」としか思わない。

専門家だったら「こういう症状が出ているからこういうウィルスが考えられるな」なんて分かるけど、僕からしたらパッパラパーだ。

つまり、人間もパソコンもそのような「内側に秘める複雑さ」をかなり持っている存在ということになる。

複雑だとは分かるけれど、どれくらい複雑なのかは分からない。でも複雑なんだ、と一般人は思うしかない。

「人間が創り出したパソコンというものは人間と同じような複雑さを内面に秘めているのだ」。

とまぁそのように僕は思いながらこの1週間を過ごした。


もちろんこの言い方にはかなりの問題がある。

「人間と機械を一緒にするな」と言われると思う。

でもさ、だったらパソコンの不調を来す因子を「ウィルス」という名前にして欲しくないものだ。

だって「ウィルス」っていう単語は生物に使う用語だものね。

「パソコンを人間に当てはめたら『ウィルス』のようだからそう命名する」という感じで名付けられたんじゃないかと勝手に想像するんだけど、その時点で人間と機械を一緒にしてるよね。

まぁそんなことを思うんだけどそういうことを言うと「生意気だ」とか「屁理屈だ」とか言われるけれど、強ち間違っていないので何も言い返せません。


僕はよく人から「屁理屈だ」と言われるけれど、その決めつけ方自体がストレートすぎるよね。

せめてもう少し変化球を織り交ぜて欲しいと僕なんかは思う。例えばスライダーでもいいし、カーブでもいい。裏をかいてシュートでもいいし、驚きのナックルでもいい。ちょっとフォーク辺りだと判定は厳しいかな。

あぁ、いや、つまり、ストレートに「屁理屈」と言わずに「考え方が幅広いな」と言って欲しい気がするのです。

でも考えてみたら、僕の考え方それ自体がアンダースローのような変則的な考え方をしているわけだ。

そしてよくよく考えると三つ上の『せめてもう少し変化球を~』という考え方は間違えようのない「屁理屈」であると思います。何だよ、『驚きのナックル』って。

でも僕の理屈は「屁」の理屈じゃなくて、「ゲップ」の理屈のようなものだと自分では――こういう考え方好きですねぇ。

「別れよう」だなんて言ったら君は泣くだろうか?


僕は君と別れることを決心をした。

嫌いになったわけじゃない。嫌いになれたらどんなに楽になることだろうか。

別れる理由なんてない。だって僕は君を今でも好きだから。

今でも君の身体の持つ重みを思い返せば、君の存在を思い出す。

今でも君の身体の持つ暖かみを思い返せば、君との思い出に浸ることができる。

嫌いになったんじゃない。でも、君のことを好きで居続けても、嫌いになったとしても、僕らの未来は変わらなかっただろう。

僕らは別れることになるんだ。それは理不尽かもしれない。残酷かもしれない。けれどそれが運命であったのだろう。

幾月どころじゃない。幾年もずっと一緒にいたんだ。

でも僕は君のことを傷つけ続けた。

どんなに君が献身的であろうとも僕は君を傷つけてしまった。

もちろん君がそんな僕に怒って機嫌が悪くなることもたくさんあった。

僕は今、思い返す。

君をずいぶんと傷つけてしまったな、と。まるでそれが消すことの叶わぬ烙印のように君の深奥に深く深く傷を付けてしまった。

傷つけられると、顔にもその苦しみの色は映ってしまうよね。僕はそんなことにも気付かずに君と一緒にいた。

今になってみればなんて僕はバカだったのだろうか、と思う。

でもそんな後悔が意味をなすことはありえない。ただ僕が身勝手だったことを思い知るだけであり、君の傷を埋めることも、君の痛みを分かち合うことももうできない。

君のことをこれ以上傷つけたくなかった。なんて言っても偽善的なものでしかない。そんなことを言ったとしても僕が君を傷つけた現実が消えることはない。

僕は身勝手で、そんな身勝手な自分を思い知ったから君と別れるんだ。

このまま一緒にいたとしても、半年後には別れることになるかもしれない。3ヶ月後かもしれない。はたまた3日後かもしれない。

誰にもそんなことは分からない。

でも、もしもこの先別れることが僕らに与えられた運命ならば、僕は未来へと続く運命の糸をたぐり寄せ、最期の瞬間を早めてしまおうと思ったんだ。

だから僕は別れることを決意した。

君のこと、すごくすごく好きだったよ。

何年も僕と一緒にいてくれた。僕のすぐ側にいてくれた。

傷ついても、不機嫌になっても僕のすぐ側にいてくれた。

僕が傷つけたことが君にとっての消すことの叶わぬ烙印だとするならば、僕にとってのそれは君との思い出。

君と過ごした幾年もの時間の間に僕の心の中に生まれた君との思い出――それは僕の心の中に深く深く押され、決して消えることはありえない。

でもきっと烙印は消えることはありえないだろうけれど、その烙印を忘れる時が来てしまうかもしれない。

消えはしない。でもその存在を忘れてしまうかもしれない。

そんなことを思う僕と別れることになって――君のことを傷つけ続けた僕と別れることになって君は泣くのだろうか?

それともせいせいしているのだろうか。

そうだよな、君はプライドが高いもんな。そう思うかもしれないね。

でも僕は身勝手だからこれから新しい相手とまた一緒に過ごすんだ。

これから幾月も、幾年も。

身勝手な僕で本当にゴメンよ。なんて言っても君は怒るだけかもしれないけれど。

 

「さようなら」。

「今までありがとう」。

「そしてこんな僕でゴメン」。

お別れだ。

最後にこの言葉を贈るよ。

『今でも誰よりも愛している』。

 


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というわけで上の文章の通り、携帯を機種変更しました。

「上の文章の通りって、まったくわからねぇじゃねぇか」と言う意見がありそうだけどね。

以下の文章は上の文章と対応しているので見比べて読んでみると「あぁなるほど」と思えるかもしれないけれど思えないかもしれない。思えなかったとしたらそれは僕の文章力がなさすぎるということです。すいません。

僕の今まで使っていた携帯はデザインをすごく気に入っていた。概して言えば女の人向けに作られた携帯を僕は使っていたんだけど、それがなかなか僕と合っていると好評だったし、自分でもそう思っていた。

すごくすごく気に入っていたんだけど、もう結構な年数を使っているし、何よりも僕の使い方が悪かったから本体部分にかなりの傷があってボロボロになっていた。

さらに言えばネットで調べるとこの機種はかなり問題がある機種らしく、度々不機嫌になって色々な不具合が起きていた。

その問題の中の一つに電池パックの膨張の問題があって、電池パックは一度交換していて最近またしても膨らんできていた。だから電池パックの寿命的にはあと3ヶ月、半年くらいは保つだろうと思っていた。

もちろん問題のある機種だからこの先本体の部分が壊れて動かなくなるかもしれない、という恐れがあった。

だから3ヶ月後でも半年後でも替える機種が同じ機種だと決まっているのならば今替えてしまえ、と思って機種変更をしたわけだ。

前の携帯のデザインがかなり気に入っていたので、本当に苦渋の選択だったけれど意を決して替えたんだ。

でも替えたくない理由というのはそのデザインだけだ。他の面においては替えることに関しては満場一致で可決されていた。

ただデザインがあまりにも気に入りすぎていた。それだけが心残りなところだった。

この世にあるものは全ていつかは別れなければならぬ運命の元にある。

どんなに学校で友達と仲良くなろうとも卒業したら離れるように。

どんなにちょっとずつ使っていってもいつかはなくなってしまうように。

だから僕は機種変更をする前日の夜にこう思った。

「その時が来たんだ」。

デザインが気に入っていてすごくすごく愛着が沸いていても、いつかは別れなければならない時は来てしまう。

そしてそれが今なんだ。その時が来たんだ。

人には決断を下さなければならない時が必ず来る。

人には別離を迎えなければならない時が必ず来る。

そしてそれが今なんだ。その時が来たんだ。

だから僕は機種変更をするんだ。

そう思ったんだ。

何年も付き合っていてこの携帯と分かち合った思い出がある。その思い出は僕の心の中に深く深く刻み込まれる。

でもきっと新しい携帯を使っていけばその思い出を忘れてしまう時が来る。けれど、それは忘れただけで心の中には存在しているはずなんだ。今までの携帯達がそうであったように。

だから僕は前に進もう。新しい携帯と前に進もう。

そしてずっとずっと先まで進んだら、その時に後ろを振り返って別れることになった携帯のことを思おう。

それが僕が気に入っていた携帯と別れる時に思ったことだった。

 

今、新しい携帯を使っているけれど、まだまだ操作には慣れない。これからちょっとずつ親睦を深めようと思う。

この携帯は、君のようにまた僕のすぐ側にいて僕と一緒にいてくれるだろうか?

わからない。わからないけれど、昔の携帯と今の携帯を並べて置いてこう思うんだ。

『今でも誰よりも愛している』。

2008年も終わりを迎える。

僕が今年1年に何をしたのかを一生懸命振り返ろうと思う。

と言うのも僕は過去のことを記憶しないから振り返るのも容易なことではないのだ。


1月:

・パソコンの外付けHDDを買った。
それから約1年ほど経った先日、それを買った店に行ったら僕の買ったHDDよりも遙かに多い容量のものが僕の買った値段よりも安くなっていた。電気機器――特にパソコン関係はこういう運命にあるんだよな。

・成人式を迎えた。
成人式に行ってきたわけだけど、その式で得たものは「僕はやっぱり友達が少ないんだ」ということだった。
成人式が終わった後の自由な時間にみんなは友達と楽しそうに話していたけれど、僕はそこらへんを一人でブラブラしていた。
意識的にそうしているわけではないのだけど、僕は人とは距離を開けているような節があるけれど、その場では距離がより一層広がったな、と感じた。
でも別に出なければ良かったと悲観的に思っているわけではなく、もっと楽観的に「そうか、やっぱり俺は友達がいなかったんだ」と改めてしみじみと実感してその事実の余韻に浸っていた。
それは大げさだけど、まぁ前々から思っていたことを改めて知ることが出来た良い機会だった。
ちなみに成人式の後にやった同窓会には僕は参加していません。
成人式の時点であんなにも誰とも話さないのだったら同窓会に行っても話なんてしないだろうから行かなかった。
そして何をしていたかと言うと彼女さんと会っていました。
何だか目撃情報もあったらしいけれど……。


2月:

・野球の話だけど、初めてシンカーの練習をした。
シンカーとは簡単に言うと、少し浮いた後に沈む変化球です。
それの練習をやってみたら少しだけ変化させられた。
でも実践では使い物にはあまりなっていなかったけど、結果的にはストレートとの緩急になって打ちづらかったみたいだ。

・人生初のライブに行ってきた。
バックストリートボーイズ(Backstreet Boys)のUnbreakable Tourが東京ドームでやるのでそれを見に行った。
今考えたらこの日の日記を書いてここに載せようと思っていたけれど結局書かなかったな。
生で彼らの歌声を聞き、かなり楽しかった。
周りの人は音楽にノりながら彼らのライブを見ていた。
でも僕はと言うと、ノらなかった。
何故か? 僕は目が悪くずっと双眼鏡で彼らを見ていたから。
ノって身体を動かすと双眼鏡がズレて見えないんですよ。
と言うことを人に言うと、「ライブなんだから双眼鏡で見ていないでノリなよ」なんて言われるけど、僕としては生で彼らの姿を見られるのだから双眼鏡で見ていたいんだよ。
双眼鏡なかったらどれが誰だかわからなかったしね。


3月:

・パソコン本体から外付けのHDDにとあるデータを移そうとしたら間違って本体の方のデータを消してしまい、かなりの大惨事となった。
復旧しようとしても上手くいかなかった。それで僕はかなりへこんだ。
というのもそのデータは数ヶ月に渡ってコツコツと積み重ねていったものだったからだ。
それ以後データを消す時は細心の注意を払ってやるようになった。

・変な人から電話が来た。
朝寝ていると親に「電話だよ」と言われて起こされた。
「誰から?」と聞くと「○○君だよ」と言われた。
はて……僕の知り合いに○○君なんて名前の人物なんて存在しないのだが……。
そう思って色々と尋ねてみると「中学の時のテニス部の…」と言っていたらしいけれど、僕はテニス部じゃないし、そもそも僕の代の中学のテニス部は二人しかいない。
これは怪しいな、と思って親に電話を切らせた。
後々になってから考えると、僕が実際に出て色々といじめてやれば良かったかな、なんて思う。
多分個人情報とかを聞き出そうとするはずだから相手の弱い部分を言葉で攻めまくればよかったなぁ。
寝ぼけていたからそこまで頭が回らなかったな。


4月:

・大学3年の授業がスタート。

他、特になし。


5月:

・ちょっとした事情で遠くの病院に行ってきた。
そこの病院に行くまでに片道3時間かかった。
かなり遠かったけれど、しょうがないことではあったんだ。
あまり詳しくは書かないけれど。

・人生初の飲み屋に行った。
僕の中の飲み屋のイメージは
「臭い(煙草などが)」
「高い(金額が)」
「少ない(一皿の量が)」
「美味しくない(即席ものの感じがして)」
「うるさい(ガヤガヤガヤガヤと)」
というイメージがあった。
実際行ってみてもあまりそのイメージは変わってないけれど、行けないことはなかった。
しかし、この日を境にスーパーとかの酒があまり飲めなくなってしまった。
飲み屋のお酒って美味しいですものね。

・ゼミの面々と飯を食べに行った。
帰り道に一人酔っぱらったヤツがいて、僕はかなり絡まれた。
なんて書くと「そんなこと書くんじゃねぇよ」と怒られそうだけど書きました。
まぁ細かい絡み方を書いていないんだから良いよな?

・家にある全てのパソコンにセキュリティソフトを導入。
どこにするかで結構悩んだんだよね。
でもセキュリティソフトをパソコンにインストールするのって意外と楽だった。

・携帯の電池パックが膨張したのでソフトバンクショップに行って電池を交換してもらった。
携帯を充電しても20分くらいで電池切れになったり、何かをしているといきなり電源が切れたりしていた。
電池パックのフタを開けてみると電池パックがまるで妊娠数ヶ月の妊婦さんのように膨れあがっていた。
これはいかんとソフトバンクショップに行ったら無償交換してくれた。
以後、携帯の充電時間はよく考えてやっている。


6月:

・半年ぶりに文章を書き始める。
何でか知らないけれど、半年(もしくは7,8ヶ月)も文章を書いていなかった。
理由なんて特にないんだろうけれど、僕がそんなにも文章から離れていたのは今までに例を見ないことだったんだ。
まぁ僕としてはその間の期間は充電期間という名目にして話を落ち着かせている。
充電していたのか、充電できたのかはわからないところではある。
でも今こうして小説を書くことが出来るのはこの充電期間があったからかな、なんて思う。

・突如として「急性胃腸炎」になって病院へ行った。
それが木曜の夜から金曜にかけてだったので、授業を一つサボって病院に行ってから大学に行った。
というのもその日はゼミがあったので行かなければなんて思っていた。
それにしてもあの時は大変な目にあった。
でもこの文章をよく見ると『突如として「急性胃腸炎」になった』って何だかおかしな言い回しですね。
頭痛が痛いとか、筋肉痛が痛いみたいな感じですね。

・病気の状態が悪化。


7月:

・近所の夏祭りに行ってきた。
高校生の頃くらいだったらその夏祭りに行けば結構な数の知り合いと会ったけれど、さすがにこの年になってこんな夏祭りに来る人なんていなかったようだ。
だから知り合いには誰一人として会っていない。
もしかしたら会っているのかもしれないけれど、僕は気付かなかった。

・花火をやった。
誰かと花火をやるのなんて3,4年ぶりくらいだった。
僕の机の中には古い花火がある。えーと、おそらく5年も前の花火だ
多分当事者は誰も覚えていないだろうけれど、その花火は昔に友人と花火をした時に余ったものを僕が預かっていたものだ。
そのメンバーの中には相田さんがいるわけだけど、まぁ覚えていないだろうな。
それでその古い花火をどうせだからとやったんだよ。
そしたらね、煙がメチャクチャ出て、近隣住人から苦情が来そうなくらいに煙が出たんだよ。
古い花火は使うもんじゃないな。
煙幕代わりには使えるかもしれないけれど、僕の生活に煙幕が必要な場面がないのでやっぱりこの花火は使えないな。


8月:

・今度はスライダーを初めて投げた。
またまた野球の話だけど、初めて投げてみたらかなり楽しい曲がり方をした。
スライダーというのは僕(右投げのピッチャー)から見て、左側にすべるように曲がる変化球のこと。
最初に投げた一球がすごく面白く曲がったのに、それ以来それほどまでに面白い曲がり方をしなくなってしまった。
練習あるのみ。

・ディズニーランドに行ってきた。
その日の天気予報は大雨だった。
で、実際にディズニーランドに着いたら晴れ渡った。
雨の空気の湿気と夏の太陽の容赦ない熱でかなり暑かった。メチャクチャ暑かった。
そして15時か16時頃になったら超大雨。
傘を持っていない人達が大変な思いをしていた。


9月:

・京都と大阪旅行。
8月の終わりから9月の初めまでの3泊5日だったんだけど楽しかったよ。
大好きなたこ焼きを大量に食べられて僕は大満足だった。
京都でも中学の修学旅行で回れなかった寺院を回ることができた。
全体的に満足な旅行だった。
まぁもちろん嫌な気持ちも結構味わったけどさ。

・病気が更に悪化。
その後9月の終わり頃にようやく落ち着くことができた。


10月:

・高熱を出した。
39℃以上も熱が出て、寝ている状態から起きあがるだけで動悸が激しくなり、目眩がして立ち上がれない状態になった。
顔からはどんどんと血の気が引いていき青ざめ、そして手足にも力が入らなくなった。
風邪の一種だったのだろうか?

・彼女さんと初めて焼き肉に。
女の子と焼き肉ってどうなのよ? と言われそうだけど、僕らは満場一致で焼き肉に行くことになった。
かなり美味しかったよ。

・久しぶりに上野に行った。
やはりアメ横の香水は安い。
でもまぁ、僕の手持ちの香水はどれも残っているので買いはしなかったけれど、やっぱり安かった。
やっぱりと言えば、アメ横はやっぱり祭りのように人がいっぱいだったな。

・一目惚れをしたマウスを買った。
運命的な出会い方をしたマウスを買いに行った。
手にフィットする形状のレーザーマウスを買った。
それもちょっと性能の良い光学式マウスと同じ値段だったわけで、これは買いだ、とね。
未だに思うけれど、このマウス、すごくいいですよ。
買って良かったと思っている。
お気に入りのハードだ。
今でも意味もなくマウスに触れちゃったりね。


11月:

・壊れてしまったパソコンの外付けディスプレイを修理屋に持っていった。
持っていったまでは良かったけど、実際に見てもらったら基盤を交換しなければいけないだろうな、と言われた。
いくらか、と僕が尋ねると、「うーん、新品の外付けディスプレイ買った方が安いよ」だってさ。
新品の外付けディスプレイっていくらくらいするか知ってますか?
僕のよく行くいくつかの有名電気店で見ると、大体2万円強から3,4万くらいするんですよ。
そんな高いの買えないっての。
と言うわけで壊れたディスプレイは修理に出さずに持って帰ってきた。

・とある事情でたまってしまった受信メール200通強に一通り目を通した。
いやはや、ここまでためる僕が悪いのだけど、200通以上も目を通すのはかなり大変だった。
途中で気力がなくなってくるんですよね。

・僕の21歳の誕生日。

・初めて公の場に出した創作物、『今なら言えそうに思うから...』が完成。


12月:

・ビッグサイトのペット展に行ってきた。
ビッグサイト内にペットに関するブースとかがいっぱいあった。
実は特別招待チケットが懸賞で当たったから無料で入れた。
その特別招待チケットに「犬・猫・小動物・は虫類がいる」みたいなことが書いてあって、僕としては「は虫類は絶対に見なければ!」と思って行ったんだけど、は虫類のはの字もなかった。
小動物もいなかった。
ただ犬専用の洋服の即売会があったり、新商品のペットフードの説明会があったり、ペットの病気に関する説明会があったり、動物病院及び動物マッサージ(こういうのってトリマーって言うんだっけ?)があったりした。
その中に少しのスペースに犬猫鳥がゲージに入っていて売られていた。
でも、そんなゲージに入った犬とか猫とか鳥なんてそこらへんの店に行けば見に行けるからな。

感想:めちゃくちゃつまらなかった。
30分しかビッグサイトにいないくらいにつまらなかった。
金を出して見ていたらまず間違いなく「金返せ」と思うペット展であった。

・相田んに1年ぶりにメールを送った。
僕がメールを送るのは非常に稀なことなんだけど、相田さんにメールを送りました。
つらつらと考えると1年ぶりだったんだけど、相変わらずそうだったな。
いや、深い意味はなく。

・クリスマス


とまぁ、このようなものかな。

僕の記憶の中を探っても絶対に思い出せないので、これらは僕が日々付けている日記を見返してこういうことがあったというのをピックアップした。そうでもしないと僕は過去のことを思い出せないんだよね。

思い返してみれば色々なことがあったんだな。

少なくとも僕には色々なことがあった実感はない。何度も言うけど僕は過去のことを記憶しないから。

でも、こうして箇条書きにでもすると1年を生きて色々なことをやっているということが分かる。人に歴史ありというか何というか…。

今日で2008年の365日目。

明日は2009年の1日目。

2008年の終わり、2009年の始まり。

終わりと始まりは、いつだって同時にやってくるんだ。

 

 


というわけで今まで僕のつまらない文章を見てくれてありがとうございました。

またこれからも文章を書いていくので2009年もよろしくお願いします。
 

少し前に――とは言えもう1ヶ月も前のことなんだけど、小説的な文章を載せてからというものの、また次の小説ばかりを書いていたのでこういうエッセイというものは何一つ書いていないという状態だった。

僕は僕の文章を心待ちにしている人なんていないということを知っているので、そういう人達のために書こうと言うピグマリオン効果というものはまったくない。

ただ小説にばかり重きを置きすぎるのもどうかと思うので、こうして今までのようなエッセイも書こうとしている次第です。元々僕にとっての文章の原点ってこういうエッセイ的な文章なんでね。

気にしている人はいないと思うけれど、今書いている小説の方は結構書き進んでいて、既に前回の分量を追い越しました。えぇはい、そうです。今回のは前回のよりも長いと言うことです。まぁお知らせとして。

 

 

さてさて、もう年末(※この文章が書かれているのは2008年の12月26日の風の強い午後です)ですねぇ。

クリスマスも終わり、色とりどりのイルミネーションは正月へとシフトチェンジをする頃合いだ。

もう一年も終わりだというのだから本当に早いものだと思うけれど、僕の周りではこういうことに同調する人がかなりいるとはいっても、誰しもが「時間経つの早いよー」と言っているというのも、あまりに生産性のない現実から逃避しているような考え方なのでそれに関してはこれ以上は書かない。

クリスマスシーズンの時は近くにある電気店とかオモチャ売り場が混雑の極み状態で、僕のバイクですら駐車スペースがなかったという自体になっていたんだけれど、こういうことがあると「俺の住んでいるところも結構人が住んでいたんだなぁ」としみじみ思う。

鼻が詰まったから今まで息をしていたのが分かったみたいな理論だけどさ。

そうなるとレジはメチャクチャ並んでいるし、僕が見たいものが陳列されているところには人がいっぱいで見られないし、子供は泣き叫ぶし、店員は寄ってくるしでもう地獄絵図である。この世界で今までに死んでいる人って何億人か何兆人かくらいいるだろうけど、地獄もこんな感じでごった返し状態なのかな、なんて考えた。

僕なんて欲しいものがあってそこに行っているわけじゃない単なる冷やかしなんだから、これくらい人がいると気が滅入る思いだけど、よく考えたら冷やかしなんだからレジに並んだりしないんだから関係ないんだよな。そういうことは家に帰ってから「ふー、疲れた」なんて言ってカバンを下ろした辺りに気付くんだ。

電気店辺りに行くとこの季節だから安売りをしている。

段ボールが山積みにされ、そこに紙が貼ってる。例えば「大特価 なんちゃら%オフ」とかね。

たまにあるんだけど、僕が3000円引きで買ったものが、次の週とかしばらくしてから4500円引きとかになっているとへこむ。

「なんてこったぃ」なんて思うんだけど、そういう時はヤスの秘伝の殺法『俺は何も見なかった』を繰り出して忘れることにしている。そういうことを細かく覚えていると人間性がひん曲がってしまうような気もするし、何より忘れられれば楽である。

僕はそれができる男なんだ。あ、これ自慢ですよ。

それでしばらく歩いているとまた安売りの貼り紙が貼ってあった。

でも僕はそれを見て「うーむ」と考え込んでしまった。

そこには『大人気 20%オフ!』と書いてあった。

あぁいやいや、お待ち下さい。皆様の言いたいことは分かります。「この貼り紙のどこに考え込むんだよ。20%オフじゃ足りないってのか?」とか言いたいんでしょうけど、ちょっと待って下さいよ。

そうじゃあない。断じて言うけどそうじゃない。

僕が気にしているのはこの書き方の問題だ。

この貼り紙、あなたなら何と読みますか?

普通の人なら『だいにんき にじゅっぱーせんとおふ』と読むでしょう。

ところが僕は『おとなげ にじゅっぱーせんとおふ』と読んだんですよ。

だから僕は大変だ、なんて思ったわけです。

僕ももう結構な年齢のわけですが、"おとなげ"が20%もオフになったら僕なんてもう幼稚園児クラスですよ。

そうやって"おとなげ"がオフされてしまうから、冒頭のようにクリスマスシーズンでごった返しする電気店やオモチャ売り場で人が多いなぁ、なんて思うんですよ、これは。

だって大人だったら「普段家族サービスできていないからクリスマスはちゃんと子供にプレゼントを買ってやって一緒に祝おう。それに奥さんにも何かを買っていこう」なんて思って人の多さよりも相手の喜ぶ顔のことを思うでしょう。

それが僕は「人が多くてうるさくて、これはまるで地獄絵図だ、俺は地獄に来てしまったんだ。子供の時に虫を大虐殺したからこんなところに来たんだ」なんて思っているんですよ。これはもう大幅に"おとなげ"がカットされているに違いない。

しかしそうやって考えると、僕は気安く"おとなげ"がカットされた、とかオフになったとか言っているけれど、はたして"おとなげ"というのはどうやって人に身に付くのであろうか。

なんて考えたけれど小難しく考えるのは僕のクセなのでやめます。

そうやって考えていくと段々"おとなげ"のインフレとかデフレとかそういう次元に話が発展することは避けられないし、さらに行くと「"おとなげ"即売会」とか「闇"おとなげ"売買」とか行くことは目に見えている。

そんな僕は、バカではないのでバカと呼ばずにアホと呼んで欲しい。「アホと言えばアホ、天才と言えば天才的な考えだ」なんて書こうと思ったけれど、こんな考え方を持つ僕を「天才だ!」と言う人がいるのであろうか。

いたとしたらその人の頭を心配してしまうくらいだ。だって、「"おとなげ"のインフレ」とか「"おとなげ"即売会」なんて言ってるような男ですよ、これはもうアホとしか言いようがない。バカとは呼ばないでください。


話を戻すけど、「大人気 ~%オフ」とか書かれると僕としては首を捻ってしまうのである。

これが例えば「本日は当店にお越しいただきまことにありがとうございます。普段のご愛顧への一お礼として○○社のこの商品を大人気につき20%オフとさせていだきます」なんて書いてあったら僕も悩まない。

ここまで長くなくていいから「大人気につき20%オフ」とだけ書いてくれればいいわけである。

ところがそれを「大人気 20%オフ」と書くから僕のような人間は騙されてしまうんだ。

これは、ある一つの主張の論を削りすぎると、いつしかその主張は形を変えてしまうという良い例である。

まだこれが電気製品に貼られているからいいものの、例えばコ○カとかア○キとか○○○とかにあるスーツにこれがくっついていたらどうなることか。

誰が「"おとなげ" 20%オフ」と書いてあるスーツを着たいものか。

"おとなげ"が20%もダウンするスーツですよ? きっとスーツには食べこぼしの跡があったり、泥がついていたりするんだろう? 靴下は穴が空いているし、きっと靴にも泥がついてるだろう。

誰がそんなスーツを買うのか。


もうちょっと店側も書き方というものを考えてくれないと僕のような男は悩んでしまうのである――というのが僕の主張である。

 

 

 

あー、今日も平和だなぁ。
 

まことに不謹慎ながら僕はあの人に一目惚れしてしまった。

今の僕の心の中には昔の人の記憶がある。とてもおてんばで、とても古風で、とても扱いづらく、そしてとても従順なような相手だった。その記憶が僕の心の中に今でも存在している。

昔の相手はこうだった。昔の相手はこう考えた。昔の相手はこう動いた。昔の相手はこうしてくれた。昔の相手は僕のそばにいた。でも、別れた。だからその人のことを考える時、自然と過去形という形式になってしまう。だって、別れたのだから。

それから僕は新しい相手と出会い、そして今共にいる。

その相手は昔----何年も前の僕がまだ子供だった頃に最もそばにいた相手だった。ただ僕はまだ子供だった。相手の良さに気付くだけ大人にはなっていなかったし、その当時はその人がいるのが当たり前だと思っていた。そして僕らは自然と違う道を歩むようになった。

数年の月日が経ち、そして僕らは再会した。

それからはずっと一緒にいる。今の僕にはその人の良さが分かるようになった。ちょっと小さめで、でも僕と寄り添うように一緒にいてくれるそんな相手。

僕は幸せだった。時々昔の人の記憶が僕の心の中で暴れ、台風のように去っていく。その時僕の心はきつく締め付けられ、そして記憶がフラッシュバックのように蘇る。僕がバカだったこと。僕が傷つけたこと。僕が悲しませたこと。フとした拍子に蘇る。

でも、それを今の相手に言うわけにはいかない。言ったとしたら悲しませるだけだろう、傷つけるだけだろう。僕は僕の心の中に存在している記憶と今の想いとの間で苦しんでいる。この苦しみは僕だけにしか分からない。僕だけがわかり、僕だけが苦しんでいる。そこに何人たりとも踏み入ることはできない。永遠の呪縛。

そんな長い苦しみを味わっていたあの日、あの時、あの場所で、僕はあの人に出会ってしまった。

一目惚れだった。この人なら僕が抱える苦しみを解放してくれる。救ってくれる。赦してくれる。まるで僕と出会うことが運命であったかのようにこの人は僕とピッタリだった。僕の望みも、僕の小さな背格好も、僕の求めていたものも何もかもがピッタリだった。

出会った瞬間にこの人しかいないと思った。いや、思ったではない、本能の部分で感じたのだ。神という存在がいるとするならば、そんな大きな存在が僕に与えてくれた唯一の相手であると一瞬で理解したのだ。

そして、この人と出会った時のシチュエーションも良かった。僕は一目惚れしてしまった。昔の人の記憶があるというのに。今の人との関係があるのに。

僕は昔の人の記憶という過去の中で生きたいのではない。僕は今の関係という現在の中で生きたいのでもない。僕は出会った相手とこれから先、ずっと共にいるという未来の中で生きたいと強く思ったのだ。

過去でも、今存在している現在でもない。もっと正確に言うのならば、「未来に繋がる現在を生きていきたい」ということだろう。

でも、その道はきっと悲しみと更なる苦しみの道だろう。今でさえも苦しんでいる僕が更なる苦しみの道を歩む? そんなこと本当にできるのか? でも、この人ならば僕の苦しみを解放してくれる。救ってくれる。赦してくれる。そんな相手のはずなんだ。僕はそう確信している。この相手じゃないとダメなんだ。

だから僕は迷わない。今この時をもって僕は今まで進んできたレールとは別のレールを進んでいく。もしかしたら、そのレールを変えて進むというその行為自体が僕という人生の大きなレールのうちのひとつかもしれない。でも、今の僕にとっては新しいレールなんだ。

そのレールを僕は進んでいく。出会い、一目惚れしてしまったこの人と一緒に歩むというその道を。これから先、ずっと、死が二人をわかつまで----。

--------

 


と言うわけで、新しいマウスを買ったという話です。

いやー、新しいマウスを買ったけれど、今までの二つのマウスとはまったく別物だよ、本当に。

一番最初のヤツはパソコンを買った時に一緒に箱に入っていた純正のマウスなんだけど、それは動きがかなり重いから力が必要だった。でも、長く使っていたからその時の記憶が「過去の記憶」として結構鮮明に頭の中に残っているんだよね。

二番目----新しいマウスを買う前に使っていたマウスはかなり昔に使っていたヤツを引っ張り出してきて使っていたんだけど、純正に比べたらかなり良いマウスだった。昔使っていた時は僕もまだパソコン関係のことを今ほど考えていなかったからこんなに良いマウスだとは知らなかったんだよね。

そのマウスを使っていたから社外製のマウスを使えばかなり便利じゃねぇか? と思ってマウスを探し回った末にとうとう僕の求めていた理想通りのマウスに巡り会うことができて、その場で一目惚れをした。

僕の望み通りの機能があったし、それに男にしてはかなり小さい手にもフィットする形状になっている。

しかも、そのマウスが高性能なレーザーマウスのくせに、ちょっとだけ性能が良い光学式マウスと同じ値段だったというシチュエーションのために余計に想いの熱が高まってしまったんだ。

それ以来僕はそのマウスのことばかり考え、そして先日その一目惚れをしたマウスを買った、というストーリーをなんかまぁ……僕が勝手に物語風にしてみただけ。

上の物語と下に書いたマウスの説明は対応しているので、えーと……まぁ、暇な人は見て下さい。間違ったことは何一つ書いていない。僕にとってマウスだって生命を持った人であると考えているので。

って言うのはいささか強引かな。

でもまぁ、これは書いていて楽しかったです。スラスラスラーっと文章が浮かんできて、僕の置かれていた状況と思いを誤解を招くような書き方で書くことができた。誤解が招けていたかどうかは知らないし分からないけれど、書いている僕個人としてはすごく楽しかった。

それはともかく、この新しいマウスはかなりのお気に入りだ。当たり前の話だけれど、普通にパソコンで何かをする時に最もよく使うハードウェアというのはマウスなわけで、つまりマウスを快適なものに変えるだけでかなり快適なパソコン環境になるということだ。

もっと早くにそれを知ることができていたら良かったな、なんて思うけれど、今この瞬間に巡り会えたことに大きな意味があるんだよね。

最後にマウスの写真をアップしてこの文章は終わりだ。

と言うか、僕はこういう場所に写真とか画像をアップしたことがないのでそれを今から試行錯誤する、という意味合いの締めくくり方なわけです。
 

追記:画像をアップして表示させるのにかなりの時間を要した。ややこしい作りなんだよな、このブログは。なんて言っても使い続けているわけだけど。

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先日旅行に行ってきました。

えーと、何とも説明が面倒くさいんだけど、3泊5日で旅行してきた。どういうわけかはそれぞれが考えてください。説明がすごく面倒くさい。

しかし、旅行に行くのはかなり久しぶりで、それも家族以外とこんなにも長い旅行するのは僕の人生を振り返ってみても初めての体験だ。何でかって僕には友達も恋人も先輩も後輩もいなかったから。いや、先輩と後輩は今もいないけどさ。

だからまぁつまり、一緒に旅行に行く相手なんていなかったってことだ。


今回の旅行の目的地は大阪と京都。

どこに行くか協議をした結果、満場一致で(とは言っても僕含めて二人なんだけど)即決された案が大阪と京都の二箇所だった。それに大阪と京都の間は電車で一本で行けるので利便性が高いのも決め手となった。

大阪では僕の大好物であるたこ焼きを食べまくり、京都では中学の修学旅行では行けなかった寺院を巡る、と言うのが今回の旅の大きな目的だった。

まずは大阪。

USJ(ユニバーサルスタジオジャパン)の近くにあるたこ焼きミュージアムと大阪の道頓堀の二箇所で思いっきりたこ焼きを食べ尽くした。一人2,30個は食べたはずだ。

でも、僕がたこ焼き好きというファクターを抜きにして考えても、大阪の各種のたこ焼きを食べ続けたとしてもたこ焼きが飽きるということはあり得ないと思う。それぞれの店にはそれぞれの店の特徴があり、一つとして同じ味のたこ焼き屋はなかった。

皮が違う。中身が違う。焼き方が違う。ソースが違う。

味は当たり前だけど、香りも、見た目も、歯触りもまったく違う。

これぞたこ焼きの真髄だと思う。いやぁ、やっぱり大阪ってすげぇや。

とは言っても、たこ焼き以外のものもちゃんと食べた。

お好み焼きも食べたし、うどんも食べたし、ラーメンも食べた。いやはや、それだけ食べるともう食べ物を見るのも嫌になってくるくらいに腹がふくれる。僕は生まれて初めて食べ疲れたと言う状態になった。これなら確かに食い倒れるわな。

ちょっとだけ驚いたんだけど、東京で言う"suica"は関西では"icoca"って言うんだけどそれらに互換性が多少はあったことが驚いた。でもまぁ、原理と会社を考えればおかしな話ではないんだけど、何となく驚いた。

僕はそういう互換性の発見が結構好きなのです。例えば、このファイルはこのソフトだけでしか使えないと思っていたのが他のソフトでも使えた、とか。

あぁ、まるで理解不能な喩えですね。まぁ、二つの大きさの箱がピッタリとはまってくれた喜びのようなものです。

それはともかく、先ほども書いたけれどたこ焼きミュージアムはUSJの近くにあって、ついでだからと僕らもUSJの方まで行ってきた。

それがどれほど屈辱的か。なかなか伝わらないと思うけれど、東京ディズニーランドの門の前まで行ったけれど帰らざるをえなかったとか、お台場の観覧車の入り口の前まで行ったけれど帰らざるをえなかったとか、美味しいと評判の店の前まで来たけれど帰らざるをえなかったとか、とまぁ色々と浮かぶけれど、とにかく入りたいのに入れない時のあの悔しさ。

どうしてUSJの前にいるのに「USJ行きてーよー」とか言わなきゃいかんのか。おかしいじゃないか。

そんなことを考えたりもしたけれど、やっぱりたこ焼きを食べられたからハッピー!


京都では色々な寺院に行った。定番中の定番の寺院だけれど、定番なだけに見応え十分だった。

それぞれの寺院のおみくじがあったら極力引くようにした。清水寺では恋愛おみくじもあったしね。

したらば、一番最初のおみくじにはかなり良いことが書いてあって、次が凶(ちなみに大凶はないので凶が一番低い)。次が吉。最後は半吉という振れ幅の大きなおみくじ達であった。

僕は常に自分のことはラッキーな男だと思っている人間なので、おみくじの運勢がどれであろうともラッキーである自分に変わりはないと思っている。

大体凶なんて簡単に引けるものじゃないですよ。そんなごく少数の凶を引いた僕はやっぱりラッキーだし、半吉なんて言う普通のおみくじにない運勢を引いたのだってかなりラッキーですよ。

でも、全部のおみくじに共通して書いてあることがあって、それは『病気は早めの療養が大事』というものだった。確かに僕はちょっとした病気を持っていて、たまにその病気に振り回されることがあるから、「あぁ、確かにそうだよなぁ。病気があることは忘れちゃいけないな」と思った。

考え方を変えれば、かなり良いことが書いてあったおみくじにも書いてあるし、凶のおみくじでも書いてあると言うのは結構数奇な偶然のような気がするし、どのおみくじに書いてあるということは要するにどんな運勢であろうとも僕は病気のことを忘れてはいけないって言う重要な警告であるわけだ、うむ。

大阪は大阪で多かったけれど、京都は大阪を超えるほどに外人の方がたくさんいた。それは東京の比ではないと僕は思っているんだけど、特に京都の寺や神社などには本当にたくさんいて、僕も一緒に行った人も何度か話しかけられた。

僕らが泊まった宿にも半分くらい外人さんがいたんだけど、ある一組の外人さんの宿泊客と触れ合う機会があった。その外人さんは一人はアメリカ人かそこらへんの人とアジアの方だった。

見た目は本当にアメリカ人なんだけど、そのアジアの方と中国語で会話をしていた。二人は中国語の他に英語も話したし、日本語も話していた。聞いたところではもう一カ国語話せたらしい。

本当にすごいなぁ、と思った。僕なんて2ヶ国語も話せないのに。

東京とかでも思うことではあるけれど、京都に行くと本当に英語が話せることの便利さと役立つことを痛感する。僕らに話しかけた人達の中にも英語が母国語でない人達も結構いた。多分フランス語とか、おそらくイタリア語を話していたと思うんだけど、そういう人達でさえも人に話しかける時に英語で話しかけていた。

やっぱり今の世の中英語がスタンダードな言語なんじゃないかな、なんて思う。それに英語が母国語ではない人達はそれなりに英語が話せていた。多分日本人が英語を話すことと欧米の方々が英語を話すのではわけが違うことも思う。

そういうことを京都で感じることが出来た。


しかしまぁ、僕らは二人で旅行に行ったわけなんだけど、他人と同じ宿で何日も寝泊まりをするというのは若干ながらストレスがたまる。やっぱり僕のような男は一人でノソノソと生活をしている方が性に合っていると思うんだな。なんて言うと怒られるんだけどさ。

寝食を共にすると仲の良い相手でも嫌なところが目に付くって言うけれど、それに関しては……えーと、あのー、なんて言うか、諸々の事情で書けません。書くと色々と不利益なことになるだろうし、わざわざ隠すようなことではないけれど、話す必要もないことであろうと思うので書きません。

この書きたいのに書けないもどかしさ、理解してくれますか? でも別に理解してくれなくても構いません(反語)。

どっちだよ、って話ですね。でも、よく言われるけど僕はツンデレではありません。

Not,ツンデレ!

 

それはともかく、色々と思うところのあった旅行であったことは間違いない。きっと僕の記憶の中に残る旅行だ。

でも、旅行記は書かない。

全ての記憶は僕の心の中に----。
 

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