【前編】から続いているので、そちらを先に見た方が話は分かるんじゃないかなぁ、なんて僕は思っています。
それでは、【前編】と同じように下にある『続きを読む』というところをクリックすれば見ることができます。
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僕は高校生になった。
神崎さんも高校生になった。
僕は中学の中頃から受験勉強をしっかりとやり、当初の予定だった○○高校よりも本当にちょっとだけ上の△△高校を受験した。そして、受かってしまった。
神崎さんが目指している高校だからという理由で受験したわけではない。ただ単に僕が通っていた塾の担任が僕の成績を見て、△△高校に行けるぞ、と言ってくれたから目指したんだ。つまりはスキルアップを狙って受験したことになる。全ては僕の今後の人生のための受験だったんだ。
なんて言っても、僕のような男が受験勉強を頑張ってやった背景には神崎さんの存在が確実にあると思う。背景と言っても「神崎さんと同じ高校に行くために」と思って勉強をした、という直接的な背景ではない。もっともっと遠くにある無意識のうちに存在している背景のような感じだった。
気付いているだろうか? 僕らが外で何かものを見る時にそのずっとずっと向こうには空が背景として映っていることを?
「この家大きいな」と思って見上げた家のずっとずっと向こうには空が映っている。その空は僕らの目に入ってくるけれど、それがあるのはあまりに当たり前すぎて脳がその存在に気付かない。今の脳にあるのは見上げた先にある大きな家、そしてその形だけだ。空という存在にはまったく気付かない。
外にいれば空はいつでも僕らの上にある。どこに行っても、何を見ても、そこには空がある。背景として空がある。普段気付かないほどに大きな存在感で僕らのことを包み込んでいる。
神崎さんはその空と同じ存在感なんだ。その存在が僕の心の中にあるのが当たり前すぎて気付かないほどに大きくなり、空のように広がっている。僕の心の中にはいつでも神崎さんの存在がある。何を思っても、何を感じても、それらは全て神崎さんという存在が包み込んでくれている。
だから、そんなにも大きな神崎さんの存在は僕の心の中に大きな背景としてあり、そして行動の全てに影響を与えていると思う。その中の一つで△△高校に受かるために頑張ったのだと思う。
月並みな言い方で「神崎さんと同じ高校に入るために頑張った」なんて言われたくはない。でもそれと同時にどう言われようともよかった。どんなことを言われようとも、僕の心の中には彼女の存在が大きくいるのだから。どういう言葉で表現しようともそのことに変わりはない。
神崎さんへの想いは揺るがない。想いは消えない。
僕は恋をしていた。
ずっと前からしていた。
僕は恋をしているんだ。
高校生になって3ヶ月が経った。
クラスの人達の顔も一通り覚え、僕にも友達ができた。教室を見渡すともう既にグループができあがっていた。グループ内で笑いながら楽しく話をしている人達を見ながら「この人達は今心の中で何を思って周りの人と接しているのだろう?」と相変わらず思った。そして相変わらず僕の気持ちを神崎さんに告げることもなかった。
中学校から高校へと舞台を移動しただけで僕の内面が変わるなんてことはありえなかったみたいだ。高校生になれば何かが変わる、そう思っていたけれど、考えてみれば舞台が移動した以外ではほとんど変わることがないんじゃないだろうか。
僕はずっと今の僕のままでいるように思えてしまう。このまま成人を迎えて、このまま年を取っていく。そして死ぬ時までこのままなのだろうか? ずっとこのままでいるっていうのは、「このままを保つために維持していく」という意味であると同時に「今のままでずっと停まり続ける」という意味でもあると僕は思う。
僕は中学の時にも友達というものがあまりいなかった。まったくいなかったわけではないけれど、あまりいなかった。それは僕が人に積極的に動いて友達となろうとしなかったからだった。
そして高校生になっても僕は変わっていなかった。相変わらず友達は少なかったし、グループにも属していない。
僕はずっとこのままなのだろうか? 僕は焦りと同時に不安感を抱き始めた。僕は今の状態を保とうと思っていたわけじゃないんだ。結果的に何もしなかったから"ずっとこのまま"なんだ。僕は維持したのではなく、停まっていたんだ。ただ、停まっていたんだ。それだけなんだ。
"ずっとこのまま"という言葉が持つ全ての考え方を今の僕ならば考えることができるような気がした。肯定的にも、否定的にも、主観的にも、客観的にも。
僕は頭を抱えこんでしまった。
「おい矢野、何してんのさ、頭なんて抱えて」と森が僕の方へと振り返って口を開いた。
「ちょっと"永遠"という事象についてふけっていたら八方ふさがりなところまで行き着いてしまってね」僕は頭をかきながら答えた。「もう四面楚歌って感じだよ。東西南北から攻め入られた感じだよ」
「相変わらずだけど、お前、何言ってんの?」森は眉をひそめていた。「よくわからないんだけど?」
「うーん、なんて言うか、失敗する可能性はかなりあるけれど勇気を振り絞って新たな道を行くか、あるいは失敗する可能性はあまりないけれど今のままで何もせずにただ漫然と生きていくかの選択の瀬戸際って言うか……」
眉をひそめたまま静かに考えて、森は言った。「何に関して言っているのよくわからないけれど、失敗す……」と言いかけたところで担任が入ってきてしまった。
ホームルームが始まったけれど、僕はほとんど何も聞かずに考えていた。ずっとこのままで良いのか悪いのか。僕が取るべき道、取るべきでない道。それらのような背反する考え方を一つずつ考えて僕の中で肯定派と否定派を作り議論させていた。
ふと前を見ると神崎さんが黒板の前に立っていた。
僕は焦った。「あれ? なんで?」と思い黒板を見るとようやく事情が飲み込めた。3ヶ月後に控える学園祭の実行委員に神崎さんが選ばれていたのだ。それが指名制なのか立候補制なのかは自分の中に議会を作り議論を繰り広げていた僕には分からないが、とにかくもう一人の男の方の委員には誰も選ばれていなかった。
僕の心の中の議会が大きく騒いだ。あらゆる可能性を考えようとした。あらゆる可能性を消し、そしてまた新たな可能性を生み出そうとした。でも、頭がうまく働かなかった。僕の心臓は鼓動を速めた。
するとその時神崎さんと目が合った……気がした。僕はとっさに手を挙げた。「僕がやります」という言葉と同時に。
そして担任はフーッとため息を一つついて言った。「なかなか決まらなかったが、決まってくれてよかったよ。それじゃ男の方は矢野、よろしく頼むわ」
僕は未だに頭がフル稼働していた。でも、先ほどまでのように何かを考えるためにフル稼働をしているわけではなかった。ただ熱が冷めていないだけだった。トースターの余熱のように僕の頭は未だに熱く、そしてフルスロットル状態だった。
もしかしたらここで何かを考えなければいけないのかもしれない。何かを考える必要があるのかもしれない。でも、未だに神崎さんとの接点が出来たという事実が実感できていなかった。まるで僕という視点を通して他の次元の世界を見ているような感じがした。僕はただこの身体を借りて、この身体が生きている次元の世界の様子を見ているだけの傍観者のような感じがしていた。
しばらくすると僕の精神は僕の身体に戻ってきて、今広がっている世界は僕の住んでいる正しい世界だと認識することが出来た。僕は僕の腕を触った。胸を触った。最後に顔を触ってみた。これは僕の身体だった。紛れもなく今まで十数年一緒に生きた僕の身体だった。間違いなかった。これが現実だった。
「あー、矢野君が実行委員になってくれてよかったよ」ホームルームが終わったあとの放課後、僕のところに近寄ってきて神崎さんはそう言った。「誰がなるんだろう、ってちょっと不安だったんだ。でも、矢野君がなってくれて安心したかな」
「いや、僕は頼りにならないからさ、多分足を引っ張るだけじゃないかな」僕は冗談交じりの本当のことを話した。「足どころか、手とか身体全体すらも引っ張るかもよ?」
「手とか身体全体を引っ張るってどういうことよ?」彼女はいつもの咲き誇る花のような笑顔を浮かべていた。
「うーん、足を引っ張るっていうのは、例えば僕が崖に落っこちそうになった時に一緒にいた人の足を引っ張って一緒に落ちて迷惑をかける、みたいなことだろう? 僕は足どころか手も身体全体も引っ張って一緒に落ちて多大な迷惑をかけるかもしれない、ってことだよ」僕は自分が軽々しく言った冗談について真面目に考えた。「でもまぁ、あまり引っ張りすぎると警察がすっ飛んできて痴漢と間違えられるかもね」
「なるほど」僕には彼女が僕の言ったことを一言一言を自分の中に取り入れるかのように考えているように見えた。「でも、矢野君はそんなことないでしょ。やらなければいけない仕事はいつも責任を持ってやっているじゃない」
「えーと、何だねその話は。初耳なんだけど?」
「だって中学の時から頼まれた仕事とかを責任を持ってやっているのを見ていたもの」何故か伏し目がちに神崎さんは言った。「ずっと見ていたんだから」
「それだったら僕だって--」と言おうとして神崎さんが言った言葉の意味が僕の頭の中に展開された。「ずっと」というのは期間を表す言葉だ。英語で言うと"since"とか、まぁその辺りの言葉だろう。「見ていた」というのは動詞の過去形の一つで一般的には対象物のことを目視する言葉だ。「んだから」というのはくだけた会話で用いる表現の一つだ。そしてそれらを繋ぎ合わせると--。
「あ、じゃあ、実行委員頑張ろうね」急用を思い出した時のように慌てて彼女は言った。「何かあったら助けてね。私も助けるから」
そして彼女は足早に教室から出て行ってしまった。
僕は一人で立っていた。立っていることしかできなかった。
神崎さんの言葉にはどういう意味が込められていたのだろうか。僕は考えようとしたけれど、考えることをやめた。浮いては沈み、沈んでは更に沈んでしまいそうだったからだ。
でもそれよりももっと重要なことは、ホームルームという非常に限定されたたった数分の間に僕は彼女との接点を得るための一歩を踏み出すための勇気というものの存在を垣間見れたことだった。僕の中にも勇気は残っていたんだ。紛失したわけではなかった。あるいは誰かが届けてくれたのかもしれないけれど。
"勇気"--勇ましい気持ちなんて書くけれど、そんなに大それた言葉で表現するものなのだろうか。例えば、レストランに行っていつもは頼んだことがない新しいメニューを頼んでみた。それもきっと"勇気"って言えるはずだけど、そんなのは"勇ましい気持ち"とは言わないだろう。
僕は--あるいは僕らは--勇気という言葉を妙に重く考えすぎているのかもしれない。僕はただ神崎さんと一緒の実行委員になるために手を挙げただけだ。そのたった一つのシンプルな行動を妙に重く考えすぎていたのかもしれない。僕は考えすぎていたんだ。勇気っていう気持ちは僕のすぐそばにいたんだ。決して僕から離れていたわけじゃない。僕のすぐそば、手の届く範囲にいつだってそこにいてくれていたんだ。
そのことに気付いた途端、眼前に広がる世界が妙に明るくなった気がした。僕はこんなにも明るい世界で生きていたのかと驚いた。
窓の外を見た。そこには空と雲と緑に色づいた木々があった。木々は風に揺れている。鳥が飛んでいる。雲はゆっくりと動いている。太陽は光り輝き、影を作っていた。
僕の目には世界が明るく美しく輝いているように見える。頭の中は雲一つなくすっきりと広がる青空のように何もなかった。そんな世界の中にいると今までくよくよと小さなことに考えていた自分がばかばかしく思えた。たとえ今までに考えていたことが少し前の僕にとっては小さなことではなくても、今の僕の中に広がっている空の広さに比べたら本当にちっぽけなものだった。
考えてどうにかなるわけがないのに考え続けていた。
「あぁ、そうなのか。そうだったんだな」心の中でそうつぶやいた。僕の中の何かが変わった。"ずっとこのまま"でいるという停めていた時を動かせそうな気がした。
今までの僕は停まっていた。僕は決して動かず考えていただけだった。
今までの僕は停まっていた。ある一つの場所に立って、ただただ考えることだけをし、その場から一歩も動こうとしなかった。
今までの僕は停まっていた。考えるだけではどの場所にもたどり着かないというのに。
今までの僕は停まっていたんだ。
考えることをいけないとは思わない。考えもなしに突っ込んで失敗するのではいけないはずだ。だが、考えるだけではいけない。「あぁなればいいな」なんて考えているだけでは可能性としては不十分なんだ。
物でも人でも何でもそうだけど、相手が近づいてくるのを待っているだけではいけないんだ。可能性を上げるためには行動をしなければいけない。考えた先に行動に移す力を持たなければ相手と近づくことなんてできないんだ。
つまり、考える力というのは"行動をするための考える力"なんじゃないだろうか。
眼前に広がる色彩豊かな明るい世界に自分が存在していると気付いたその時、僕はこんな考え方ができるようになった。
黒板は黒くなかった。机やイスは形は同じでも模様が一つ一つ違っていた。窓の汚れもそれぞれが違っていた。そしてそれら全てのものは窓から指す夕暮れの光に照らされていた。
僕は思った。
「動こう」と。
物事は動くことにより成功か失敗かに別れる。でも考えているだけで失敗はしない代わりに成功もしない。
今なら何でもできる気がした。それは失敗するイメージが消えたわけではないけれど、ただ失敗に向かうかもしれなくても希望を持ち、成功に向かうかもしれないことへの期待を持てるようになったんだ。
一歩を踏み出そう。
前に進もう。
勇気を持って踏み出す一歩は、いつだって始まりの一歩なんだ。
僕は先ほど教室から出て行った神崎さんを走って追いかけた。
身体は信じられないくらいに軽かった。まるで空気が僕を後押ししてくれるかのような、支えてくれているかのように感じられた。
神崎さんの背中を見つけ、僕は息を整えながら彼女に近づいた。
「神崎さん!」僕は名前を呼んだ。もう僕は迷わない。もう僕は停まらない。僕は前に進むんだ。
僕は高鳴る胸を落ち着かせようと深呼吸をした。
僕は前みたいに何も言えないわけじゃない。口の中はカラカラで胸はドキドキするけれど、僕は言うんだ。
想いを告げよう。
今なら言えそうに思うから--。
全然長いと感じなくて、むしろもっと読みたいって思った。
すごく良かったんだけど、「ここから!」っていうところで終わっててガッカリした。
続きが気になってしょうがない!
なんて言うと、「大事なのはそこじゃない」って言われそうだけど・・・
それから読んでて気になったのが、「矢野くん」と「ヤス」が所々で重なって見えたこと。
これはぅちの思い違いかな?
ヤスの実体験を交えた文章になってるような気がしてならないんだよね。
そこら辺は今度直接本人に聞いて確かめることにするか♪
毎回言ってることだけど、ヤスには文章書く素質があるね。
他の人はどうか知らないけど、ぅちはいつもヤスの文章に夢中にさせられてすごく感心する。
もう、ヤスワールドにどっぷり浸かっちゃってるもん(笑)
ということで次回も楽しみにしています★
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